プログラマって情弱?いいえ、検索システムを使う達人です。

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とうとう私はウェブプログラミング歴が10年を超えました。
普段は謙虚に構えていますが、
ウェブならなんでも作れるようになった
と、ときどき豪語することもします。
そんな私、あるとき、こんなことを訊かれました。

この情報、どこから拾ってきたの。

出典URLとともに、「これこれのキーワードで検索した」と答えると、

その情報が正しいと思う理由は何。

恐らくこの人物は、私をいわゆる情報弱者とみていたのでしょう。
検索した情報をなんでも信じてしまう人物なのだと。
その後、この人物は、

私は自分の頭で考えます。

と述べて去りました。

自分の頭は広いけど、隣の人も…

私も彼の質問で考えました。やはり私だって考えます。

当の「情報」は、プログラミングの記事でした。

私でも知らない機能を実現した内容で、画期的だと私は思いました。

しかし、彼は信用しなかった。

なぜなら、彼にはプログラミングの経験が無いようなのです。

頭は確かに広い。どこまでも広がる。どんな大風呂敷でも、すこんと入ります。

自分で考える習慣は、信念を形成します。

ところが、自分で考えられる範囲は、実は狭いのです。

あなたの隣の人物は、自分と同じかそれより広い頭の持ち主です。

自分の見識を中心にしがちな情報環境

自分で考えて納得したものしか信じないのなら、

信念と異なる意見を、なかなか受け入れられなくなるのではないかと。

耳を貸してよく聞こうともしなくなってしまいかねない。

でも、自分で見聞きして自分で考えて、動く現代人は、

自分の見識を中心に据えがちな環境に置かれている

ブログという形式もそう使われがち。

やはり、自分の思い通りに物事を運びたくなる人間の弱さがあらわれます。

検索 → 実行 → 考案

そこで。検索の使い方を考え直してみたい。

結論は、「もっと検索する」。

まず、検索キーワードから得たい情報が得られる能力が付いたとします。

自分の探していた情報が、数十秒で得られた。

そうしたら、次は、動かしてみる。

数学なら計算してみる。プログラムなら動かしてみる。

ビジネス書的なアドバイスなら、信じて実行してみる。

そうすれば、自分の頭では考えもつかなかったことが起こります。

数学もプログラムも、計算や結果が合っているかで正しいかどうかわかります。

信じて行動したそのアドバイスは、自分の結果につながれば、ひとまず今の自分に合うと分かる。

最後に、自分で考えて作り出す。

自分で考えるのは、最後にした方がいいと思うのです。

ゼロから考えなくても、1を10にするのも大変なことです。

それだって、知恵のいる有意義なこと。

しばしば、ゼロから生み出されたものを超えてくることもありますし、

ゼロだと思っていたことが、実は過去の1に基づいていたなんてこともありますよね。

いつでも正しい答えなんてないさ。

正しさには賞味期限があります。

売れなくなれば、その市場では正解ではない。

だから、考えていくことは楽しい。

私はそう思っています。

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